ラブレターを送るような気持ちで――『レイリ』室井大資さん【さいとう・たかを賞受賞者インタビュー】

 

ラブレターを送るような気持ちで――『レイリ』室井大資さん【さいとう・たかを賞受賞者インタビュー】

 

2019年第3回さいとう・たかを賞は、百姓の娘が武田信勝の影武者となり、成長していく生き様が描かれた『レイリ』が選ばれました。構想に12年かけられたという岩明均さんによる骨太のシナリオに、噛み合った迫力ある作画を担った室井大資さんによる作品です。今回は、作画を担当した室井大資さんに『レイリ』の制作背景や分業制マンガならではの魅力などについて伺いました。

 

●「もう一作、岩明さんの作品を生み出す助力になりたい」という気持ちから

 

――『レイリ』が連載するまでの経緯を改めて教えてください。

 

担当編集の沢さんが、30年前からずっと岩明さんのことを好きで、どうにか仕事をしようと考えていたそうです。それがようやく実を結んだのが『レイリ』でした。それまでも沢さんは「こんなマンガがあるよ」と、岩明さんに時々単行本を送っていて、そのうちの一冊が、僕の以前描いた『秋津』でした。岩明さんは基本的にあまり反応がないそうですが、『秋津』には「おもしろいね」とリアクションがあったそうで。ちょうどその頃、12年かけて書かれた『レイリ』のシナリオが完成し、作画担当者を2〜3年探しているところで。そこで僕に任してみたどうなんだろう、と。半分ギャグだったんですかね?(笑)。最初に聞いたときは嬉しくて手が震えましたよ。

 

――これまで分業制で作品を描かれていませんでしたが、マンガを分業で制作することへの躊躇いはありませんでしたか?

 

躊躇いもありましたが…。タモリさんが、「実力よりも高めの仕事は、チャンスだから絶対に怯んじゃだめだ」といっていた話を思い出して…「引き受けよう!」と。

 

岩明さんが原作じゃなければ引き受けていなかったです。僕は絵が上手いほうではないですし、我が強いので。岩明さんの仕事を大尊敬していますし、「岩明さんの作品をこの世にもう一作生み出す助力になりたい」という気持ちが、引き受けた強い理由でした。

 

――制作の進め方について教えてください。

 

すでに岩明さんが書いた3冊分のキャンパスノートシナリオがあったので、それをもとに編集の沢さんと相談しながら進めていく形でした。少年マンガ誌の『別冊少年チャンピオン』での連載だったので、読者のリアクションを知るためにも、ネームは1話ごとに描いていましたね。

 

毎回、課題もあるんです。『レイリ』は時代劇としてはアクションシーンが少なくて、「高天神城の戦い」がメインにありますが、大活劇というわけではありません。少女が自分の人生に納得をつけて、そこからどう先に進むのかという話。そうした少女の行く末の話を、マンガとしてどうみせるのかをよく打ち合わせました。

 

 

▲1話では死にたがりの少女として登場したレイリ

 

●微細な表情をシナリオから読み取って描く

 

――キャラクターのデザインは、室井さんがシナリオを元に作られたのですか?

 

はい、いわゆる少年マンガ的な髪がツンツンのキャラクターにはしないようにしました。一番喜んでもらえたのは、徳川家康のキャラクター像ですね。ちょっと胡乱な狸のような、『深夜食堂』に出演した小林薫さんのイメージです。家康は『レイリ』では、どちらかといえば「こっち側」。共感を持って岩明さんが書かれているとわかったので、ユーモラスさをイメージしました。一方、信長は『レイリ』の中で物語をかき回す役で、内面を出すキャラクターではありません。狂気を持った、化け物像をイメージして、史実の肖像画をもとに描きました。

 

 

▲胡乱な徳川家康(左)と、化け物のような織田信長(右)

 

岩明さんのこれまでの作品を読んでいるので、「岩明さんだったらこう描くだろう」というキャラクターのイメージはしやすかったです。なので、岩明さんが描いてもそんなに相違はないんじゃないかなと。

 

唯一、岩明さんのもとのイメージと少し違いがあったのは信勝ですね。信勝は岩明さんの中では、『ヒストリエ』のエウメネスのようなキャラクターイメージだったそうなので。マンガにしていく中で、信勝は天才で、でも自分に自信がなくてびくついているから、多動でオーバーアクションになるというキャラクターが見えてきましたが、その変更は岩明さんにも「おもしろい」と喜んでもらえました。レイリと信勝が山登りをする場面で、レイリが先に登っていき、山頂で待っているシーンがありますが、それはシナリオには元々ないんですよ。

 

もちろん、シナリオから大きく変えたというわけではありません。岩明さんが仰っているのは、「作品は城、作者は作品の家来」。城という作品を良くするために、どのように動いてもらうかという意味では、遊びの幅のあるキャラクターでした。

 

 

▲駆け上って息切れする信勝と呆れた顔で見るレイリ。二人の掛け合いも作品の魅力の一つとなった

 

――『レイリ』を描く上で、一番大変だったことは何ですか?

 

作画です! 人体解剖図を買って、絵を描く勉強をし直しました。細部の描写はスタッフにすごく助けられましたね。沢さんにも大河ドラマの資料を送ってもらったり、何度も城跡を訪れては実際に歩いたり、俺が登れなくて途中で15分挫けたり…(笑)。

 

戦国時代って意外と資料が少ないんですよ。江戸時代ったら結構ありますが、戦国時代のものって全部壊されているものじゃないですか。連載準備のときも、俺がなかなか絵を描けなくて、沢さんに「いい加減にしろよ!」って定期的に怒鳴ってもらうことで、なんとかやっていった感じで(笑)。

 

――室井さんは『秋津』のギャグマンガのイメージが強かったので、『レイリ』のアクションシーンには驚きました。

 

殺陣のシーンは、岩明さんのラインの中でいかに描くかが自分の中での課題でした。例えば首を斬るシーンだと、首が飛ぶというよりは、物理法則に則ってボトッと落ちる描き方をしていて。というのも、自分の中で『寄生獣』の8巻を読んだ衝撃がすごかったんですよ。頭がブンブン動いて、物理法則に則っているのに、物理法則以上のものが描かれている。岩明さんの絵って見た目は地味じゃないですか。でもそれを超えたアクションの幅があるのが魅力ですよね。

 

――作画の上でほかに大変だったことはありますか?

 

微細な表情を描くことです。普通の作家が描く「ありがとう」のパターンって30パターンくらいなのに対して、岩明さんって100パターンくらいある。それがマンガの幅だと思っています。どの表情を選択すればいいのか悩みました。

 

結果的には、無表情というか、能面に近い表情が増えました。フラットな表情のほうが、包括する感情が何倍にも増えていくんですよね。岩明さんの描く表情は、逡巡とか諦めとか喜びとか…何個も感情を包括しているので、その再現に苦労しました。岩明さんからは、絵を見て実際に喜んでもらう部分もあれば、「ここはちょっとこの感情じゃないから」ということで、描き直した部分もありましたね。6巻でのレイリから小山田信茂へ話しかけるシーンは4回直して、岩明さんがご自身でもネームを描いてくださって。

 

(沢さん:共同作業の醍醐味ですね。死ぬかと思いました。)

 

ははは(笑)。僕は楽しかったですね。「これだけ想いを入れてくれているんだ」と。基本的には原作と作画って原作の上でやりとりをするものなので、連載中に実際にお会いしたのは3〜4回でした。原作の中で作品が出来上がっているので、お会いする必要はあまりなかったです。『北斗の拳』の武論尊先生、原哲夫先生も確かそうだとお話しされていましたよね。ネームをお渡しするのは、ラブレターを送るような気持ちで。最終回のネームをお渡しするときには「光栄な仕事でした」と余白に書いて…素敵でしょう?(笑)。

 

『レイリ』は自分の描ける幅が広がった作品

 

――お話を伺っていて、チームで作るという楽しみが伝わってきました。

 

チームで作るって責任が分散されるじゃないですか。ネットで「室井はネームを描いていないな」「さすが岩明」という感想を見つけたときには、それに対して「悔しい」という思いと、「俺、頑張ったんだ」という両方の気持ちがありました。上手に騙せているんだなと。「岩明さんの作品をこの世にもう一作」という気持ちがブレなかったから、エゴイズムも全くなく、揉めることも全くなく、連載の最後までずっと幸福でしたね。

 

――最後に『レイリ』を描き終えての感想をお願いします。

 

『レイリ』は、僕が普段描かない表情や感情表現を岩明さんが広げてくれる作品でした。岩明さんの気持ちを受け継ぎながらやっていきたいという気持ちもありました。僕はアシスタントをやったことがないし、師匠という師匠がいません。でも、岩明さんを師匠と呼んでいいんじゃないかなと。『レイリ』を描けて本当によかったです。

 

「楽だった」というと勘違いされてしまうこともあるけど。僕は自分のマンガに自信が持てない、自己評価が低い人間なので、目の前に「正解」がある、正解のシナリオがあるというのがすごく楽でした。このシナリオに則って描けばいいんだという気持ちだったので。本当に幸せな仕事でした。

 

 

▲2019年表彰式での集合写真。前列左から室井大資さん、岩明均さん、さいとう・たかを、沢考史さん

 

■第5回「さいとう・たかを賞」開始にあたって、岩明均さんからもコメントをいただきました

 

岩明均さんからのコメント

 

何か共同作業をするにあたって(たとえば編集者と漫画家のあいだでも)ともに同じ価値観を目指しているはずなのに、「え、違うの!?」となるケースがままあります。

それはなかなか苦しく、大変な事態です。

さいとう・たかを賞はそれを乗り越えて成立した作品、それを乗り越えたチームに与えられる賞だと思います。

他人と力を合わせることのむずかしさ、尊さ。

そして乗り越えて得られる成果の素晴らしさ。

それを褒め祝福するさいとう・たかを賞は価値ある漫画賞だと思います。

(談)

 

 

 

▼第5回「さいとう・たかを賞」の募集を開始しました。

https://www.saito-pro.co.jp/saitotakaoaward

 

▼第3回さいとう・たかを賞レポート

https://www.saito-pro.co.jp/archives/3250

 

 

 

取材・文:松尾奈々絵(レインボーバード合同会社)