“分業・プロダクション方式”のコミック制作者たちに光を当てる
▲50周年を祝った「ビッグコミック 2018年12月10日号」
1968(昭和43)年11月小学館「ビッグコミック」誌で連載が始まり、2018(平成30)年に50周年を迎えた劇画『ゴルゴ13』。
作品には、現実におこった事件や社会情勢がストーリーの題材として登場します。多数のシナリオ協力者があって初めて可能になったことで、作品が時代を超えて愛されることに繋がっています。
これはさいとう・たかをが当初から実施してきた、分業・プロダクション方式での劇画制作による成果といっても過言ではありません。
さいとう・たかをはデビュー以来、「コミック制作はひとりの天才による仕事ではなく、多くの才能を集結したチームの仕事だ」と考えてきました。1960(昭和35)年、法人組織さいとう・プロダクションを設立。「これからの劇画は個人の創作ではない」との考えから、早くから分業制度を導入しました。こうして多くのスタッフの貢献があったからこそ、作品のクオリティが維持されてきました。
分業・プロダクション方式でのコミック制作を貫いてきた「さいとう・たかを」の志を受け継ぎ、分業システムでの作品作りにチャレンジする次世代の制作者たちに光を当てて表彰し、その制作文化の継承を目的として創設されたのが『さいとう・たかを賞』です。
分業・プロダクション方式での制作を行っている応募作品の中から1作品を選定して正賞を贈り、その栄誉を称えるマンガ賞として2017年に創設しました。
最終選考3作品から選ばれた、栄えある第1回受賞作品は?
「第1回さいとう・たかを賞」の対象作品は、シナリオ(脚本)と作画の担当者が分かれていることがクレジットされており、奥付記載で2014年7月〜2017年8月の期間中にコミックス第1巻が刊行されている、成人男女を主な読者対象としたコミック作品です。
2017年6月に応募受付を開始し、集まった作品は32作品。さいとう・たかを劇画文化財団による一次選考会を経て最終選考会に選ばれたのは、『アブラカダブラ 〜猟奇犯罪特捜室〜』(原作:リチャード・ウー、作画:芳崎せいむ)、『EX-ARMエクスアーム』(原作:HiRock、漫画:古味慎也)、『蛍火の灯る頃に』(原作:竜騎士07、作画:小池ノクト)の3作品でした。
11月13日、さいとう・たかを、やまさき十三氏、池上遼一氏、佐藤優氏、相賀昌宏氏の5名による最終選考が小学館で行われました。
▲最終選考会の様子
最終選考会では、選考全体に対しての講評に始まり、各作品の題材の選定やシナリオ、構成、作画の話に。
脳科学や聖書学をモチーフとした猟奇犯罪ものを巧みに描いた『アブラカダブラ 〜猟奇犯罪特捜室〜』が、「第1回さいとう・たかを賞」に選ばれました。
ドラマを考える才能、絵を描く才能、それらを構成する才能は、まったく別のもの
2018年1月12日、記者発表・授賞式を行いました。壇上には受賞したリチャード・ウー氏と芳崎せいむ氏、同作を掲載する「ビッグコミックオリジナル」の担当編集・中山久美子氏、平井真美副編集長が登壇。さいとう・たかをの手から、正賞の「ゴルゴ13像」および賞状、賞金50万円が贈呈されました。
<受賞者コメント>(※2018年1月当時のコメントを再掲)
原作:リチャード・ウー
受賞の報をいただき、大変感激した理由は、さいとう・たかを氏こそ自分の師と(勝手に)思っていたからです。編集者としてこの世界に入り、三年目で『ゴルゴ13』の担当に――当時のビッグコミックは百万部超、ゴルゴはすでに絶対的エースでした。そしてさいとう氏といえば、編集者にきわめて厳しい人との噂。新米の私がビビらないわけがありません。
ところがお目にかかってみると、私の年齢やキャリアを無視して、氏は同格のパートナーとして遇してくれたのです。「君が言いたいことを言ってくれないなら、ゴルゴといえど一年で終わってまうぞ。編集者はわしの厳しいプロデューサーでなければならんのや」と言うのが氏の口癖でした。さらに実に懇切丁寧に、劇画の構成やシナリオ技法、作品の創作工程などを講義してくれるのです。
会社を卒業し、この賞をいただけたのも、氏の教えがあったからこそ! 不出来な塾生でしたが、この度はありがとうございます
本名・長崎尚志 脚本家・小説家・編集者。青年漫画誌編集長を経て2001年独立。リチャード・ウー名で他に『ディアスポリス』(すぎむらしんいち)。『クロコーチ』(コウノコウジ)。長崎尚志名で『MASTERキートンReマスター』(浦沢直樹)等。
作画:芳崎せいむ
初めてさいとう・たかを先生の劇画を読ませていただいたのは、「週刊少年サンデー」誌上の『サバイバル』でした。緻密な絵柄なのに子供が読んでもとっつきやすく、主人公が悲惨な状況に巻きこまれる世界観でありながら、作品全体から立ちのぼる清廉さ、上品さに、安心して夢中になれた良き思い出となっています。
思えば生まれて初めての劇画体験でしたが、「綿密な描きこみは決して読者をはじかない。美しく快適な読書空間を読み手に差し出すことができるのだ」と、小学生ながら実感したものでした。
デビュー前、夢中になっていた少女漫画でも、銃や車の種類は実在の物をきちんと取り上げて描くようになっていたのも、そういった劇画からの影響が色濃く反映されていたのに違いありません。
ウーさんの当代随一の原作、担当諸氏のたゆまぬ熱意、作画チームの並々ならぬこだわりによって、行きたくても一人では行けない場所にたどり着くことができました。感謝します。
1989年『あかちゃんと天使』でデビュー。代表作に『金魚屋古書店』『テレキネシス ~山手テレビキネマ室~』(原作/東周斎雅楽)『うごかし屋』など。『鞄図書館』(東京創元社「ミステリーズ!」)。リチャード・ウー氏(別名義含む)とのタッグは、『デカガール』『うさぎ探偵物語』を含め、今作『アブラカダブラ~猟奇犯罪特捜室~』が4作目となる。
編集:中山久美子
本作の校了紙(最終確認用の校正刷り)をご覧になったリチャード・ウー氏が「今回、けっこう面白かったですね」と、ふっとおっしゃる時があります。そのスタンスに、私はいつもしびれるのです。自身の手を離れたものに対しての圧倒的な俯瞰の目。ヒットメイカーでありながら、氏に少しの慢心も無いことの表れだと感じています。今回、この文を書く前にウー氏の「受賞コメント」を先に拝読しました。感慨深かったのは、編集者時代のウー氏がかつてさいとう・たかを氏から薫陶を受けたその過程と全く同じもの(!)を、いま私自身が経験させていただいていることです。(ウー氏と自分を同列に語るようでおこがましいですが)得がたい伝承に、感謝します。
そして、この作品の静謐な凄みは、作画を担う芳崎氏の執念の賜でもあります。人物の造形や表情、細部まで試行錯誤を重ねリアリティを追求する芳崎氏の情熱は、敬服に値します。
才能のみならず、漫画というものへの誠実さが突出するお二方が受賞できたこと、心より嬉しく思います。
2004年小学館入社。少女コミック誌、「ビッグコミックスピリッツ」編集部を経て2014年より「ビッグコミックオリジナル」編集部在籍。担当作に『忘却のサチコ』(阿部潤)、『るみちゃんの事象』(原克玄)など。現在は、『黄昏流星群』(弘兼憲史)、『出かけ親(吉田戦車)『メメント飛日常』(カラシユニコ)などを担当。
最後、授賞式においてさいとう・たかをは「マンガの世界に入ったときに、ひとりでやる仕事ではないと思いました。ドラマを考える才能と、絵を描く才能と、それらを構成する才能は、まったく別のものですから。これからは分業制での制作がマンガ業界の本流になると思いますよ」と、これからのマンガ業界を見据え、「第1回さいとう・たかを賞」受賞式の幕を下ろしました。
さいとう・たかを賞 第一回 概要
<選考対象作品条件>
2014年9月1日から2017年8月31日までの間にコミックス第1巻が刊行されており、
シナリオライター・作画家の分業により制作されている、成人男女を主な読者対象としたコミック作品。
※完全オリジナルシナリオ作品に限ります。
※同人誌やWEB媒体等で発表されたのみでコミックスとして刊行されていない作品は、授賞対象外とします。
<賞品>
正賞 ゴルゴ13像 [シナリオライター・作画家・編集者(または編集部)に各1点]
副賞 賞金各50万円 [シナリオライター・作画家]
<スケジュール>
2017年6月1日 応募受付開始
8月31日 応募受付〆切(当日消印有効)
9月中旬~下旬 一次選考会
11月 最終選考会
2018年1月12日 発表・授賞式/さいとう・たかを劇画文化財団ウェブサイト上にて受賞作発表
<最終候補作品>
『アブラカダブラ 〜猟奇犯罪特捜室〜』
原作:リチャード・ウー
作画:芳崎せいむ
小学館「ビッグコミックオリジナル」連載中/既刊4巻
『EX-ARMエクスアーム』
原作:HiRock
漫画:古味慎也
集英社「グランドジャンプ」掲載/14巻完結
(続編となる『EX-ARM EXA エクスアームエクサ』が集英社『グランドジャンプむちゃ』にて連載中)
『蛍火の灯る頃に』
原作:竜騎士07
作画:小池ノクト
双葉社「月刊アクション」掲載/4巻完結
主催:一般財団法人 さいとう・たかを 劇画文化財団
後援:小学館